大学は受験生に何を求めているのか

自由英作文を出題している大学

■ 発信型の英語表現能力

この問題を考える前に、2007年の京都大学の前期試験に出題された英作文問題2題のうちの1題を紹介しよう。

○ 次の英文を英訳せよ。

教育とは何かを考えるときに、私が決まって思い出すのが小学校の恩師の顔である。先生は、私たち生徒に、物事に真剣に取り組むことを教えてくださった。その教えは、これまでの私の人生の指針となっている。今から考えると、先生の教えが私の心に響いたのは、先生の尊敬できる誠実な人柄によるところが大きかったように思う。教育において考慮すべきことは、教える内容だけでなく、教える側の人間性でもあるようだ。

(2007年 京都大・前期)

英作文の問題といえば、かつては上のような問題だった。このタイプの英作文の出題は、大学側から見ると、次のような利点がある。

(1) 出題者の意向に沿って受験生の基本的英語力をたずねることができる。

(2) 比較的客観的な評価が可能である。

(3) 自由英作文ほど採点に時間がかからない。

従来型の英作文問題に以上のような利点があるにもかかわらず、ではなぜ今自由英作文の出題が目立つようになっているのか。それには次のような事情があるだろう。

(1) 経済や通信、その他の多くの分野においてグローバル化が進む中で、私たち日本人が自分自身および自国のことを説明したり、自己主張したりする能力が求められるようになっていること。

(2) その際、物事をきちんと整理して相手に伝えられる能力が必要であること。

(3) 電子メールなどで外国との通信をしなければならない機会が増えていること。

(4) 英語でレポートなどを書かなければならない機会が増えていること。例えば、大学でも、一般の企業でも、日本語のレポートを書いたとしても、その概要を英語で書き添えるのが一般化してきているのである。

(5) 従来型の英作文は受験生にいわば日本文の字句を英語に「翻訳」することを求めているようなもので、このような能力が果たして必要なのか、現実に照らしても、疑問であること。

以上を要約して述べるなら、自由英作文の出題意図は、受験生に「発信型」の英語能力があるかどうか、特に「コミュニケーションの英語力」があるかどうか、試すところにある。コミュニケーションの英語力が求められていることは大学の学部や学科の名前にもコミュニケーションの名が多く現れていることでもわかるし、現実の社会に即応するような形でTOEFLテストや英検テストにも会話・作文が出題されていることからもうなずけることである。

■ 求められている能力の分析

では、自由英作文を出題することによって、大学は受験生にどのような能力を期待しているのか。

もちろん、英語の表現力である。しかし、英文を書く場合には、英語の表現力に付随してくるほかの英語の能力もある。また、英語以外の一般的能力も必然的に関係してくる。従って、大学は以下のような能力を判定することになるだろう。

● 英語の力

(1) 英語の表現力

(2) 文法・構文の知識

● 論理・構成力

(3) 一般的論理力

(4) 英文の構成力 (文と文、段落と段落のつながり、全体の構成のこと)

● 内容面

(5) 知識・教養力

(6) 若干の独創性・発想力

以上の能力を簡単に説明する。

(1) (2)について。英語の表現力とは、自分の言いたいこと・考えていることを効果的に伝えることのできる能力のことであり、大学が一番知りたいと思っている受験生の能力である。ただ、表現力と言っても、文法などのルールを無視した腕力だけの表現では評価されない。文章は他者とのコミュニケーションを図ることを主たる目的としているのだから、その目的を円滑にするための文法や構文のルールは守らなくてはいけない。

(3)について。論理力とは、思考のつながりや論証のし方が一般常識的な論理の法則にかなっていることである。自分勝手な論理では人を説得することはできない。

(4)について。英文の構成力とは、文と文、段落と段落が自然につながっていて、全体の英文の流れが本題からはずれずに方向性をもったものになっていることである。本題から脱線してあちこちに話が飛び、軌道修正ができていない文章は一貫性がないものとして減点されるであろう。

(5) について。知識・教養力は、大学で学問をするにふさわしい程度の知識や教養をもっているかどうかをたずねるものである。具体的に言えば、与えられた問題に関して一般常識的な知識があるかどうかで判定されることになるだろう。これは、知識や教養を積極的に答案に書きなさいということではなく、たずねられる問題に関する最低限の知識や教養は必要だということだ。知識を示そうと力んだ答案は、本題から逸脱するなど、どこかにゆがみが生じ、自分で墓穴を掘ってしまうことが多いのである。従って、自由英作文では、知識・教養力は、「もっている」ことで判定されるというよりも、むしろ「もっていない」という形で判定されることが多いだろう。つまり、無知を露呈した答案、非常識な内容の答案、あまりにも幼稚なことを書いている答案は、採点の先生の印象を悪くし、減点の対象となるということである。

(6) について。若干の独創性・発想力というのは、書いてある内容が独創的かどうか、発想がユニークかどうか問題にするものだが、大学によってはこの能力を問わないところも多いであろう。なぜなら、自由英作文はあくまでも英語の試験であるから、ごく常識的な内容を文法や構文のルールを守り、きちんと書けば、それだけで合格答案になるからだ。ただ、答案を採点する側から見ると、マスコミなどの影響もあって、多くの受験生の答案は画一的なものになりがちである。そのような場合に、他の受験生と差別化できるような独自の見解や発想を示すことができるならば、評価の対象になりうるであろう。だから、「若干の」独創性なのだ。

すべての大学が以上の6つの能力を試そうとしているとは限らない。大学によって、この6つのうちのどれに重点を置くか異なってくる。

例えば、東京大学は、近年、英作文に関する問題を2題出題しているが、そのうちの1題は与えられた日本文を英語で要約するものであり、もう1題は絵を示し、それを自由に解釈して説明させるというものである。出題内容から分析すると、東京大学は受験生に、(1) 英語の表現力、(2) 文法・構文の知識、(3) 論理力、(4) 英文の構成力を求めているが、教養力や独創性・発想力を求めてはいない。

では、なぜ東京大学はこのような問題を出題しているのか。

それは、最初に示した琉球大学の問題のような典型的な自由英作文を出題すると、採点に不公平が生じる恐れがあるからだろう。自由英作文は採点基準を明確に設けても、その基準にうまく合致しない答案が出てくることがあり、採点する先生によって評価に差が出てくることがある。そのような誤差をできるだけなくそうとしているのが東京大学のスタンスである。これは東京大学の自由英作文以外の問題を見てもそうなっている。他の国公立大学に比べると、客観式の問題が圧倒的に多い。これは、受験生の英語力を客観的・公平に評価することを主眼として、その関係で採点する先生の主観に左右されやすい問題は極力避けるという方針を採っているからだろう。

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中澤幸夫プロフィール

中澤幸夫

中澤 幸夫

ナカザワ ユキオ

1944年東京生まれ。一橋大学・経済学部卒業。


毎日新聞社を経て、現在は翻訳家・著述家・予備校講師。一橋学院にて長年にわたり英語講師をつとめる。大学入試英語のための参考書を多数執筆。『話題別英単語リンガメタリカ改訂版』(Z会出版)、『英文解釈のトレーニング必修編』(Z会出版)、『速読英文読解 高校上級用』(日栄社)など著書多数

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