中澤 幸夫(なかざわ ゆきお)プロフィール

中澤幸夫 写真

1944年東京生まれ。一橋大学・経済学部卒業。大学時代は経済学部に所属、合わせて英文学と美学のゼミも履修。経済学部では日本の経済学界の大御所であられた都留重人教授の「再生産論」を履修、ハーヴァード大学帰りの教授の明晰な講義に圧倒された。英文学と美学は、マヌエリスムやビアズリーの研究で著名な河村錠一郎助教授(当時)に師事、生涯の友となる5人のゼミの仲間ともに、公私両面にわたってご指導していただいた。一橋大学にあって、河村錠一郎先生のゼミは実に独特であった。実学志向の強い一橋大学にあって、河村先生は、美学などという軟弱(?)な科目を教えておられたのだから。そのせいか、このゼミには変わり者が多かったが、思考に柔軟性があるのか、その後転向(?)して、公認会計士や弁護士になった者、大企業の幹部になった者もいる。われわれは、彼らを「裏切り者」と呼んでいる。


そんな中にあって、河村ゼミの精神を見事に昇華させたのが、小池博史である。彼は、世界的に評価の高いダンス劇団パパ・タラフマラを主宰する男で、現在は海外からの公演依頼が多く、そのスケジュールの網目を縫って、国内で公演するといった人気ぶりである。私はほとんど毎回彼の公演に出かけるが、一言で言うなら、彼のダンス演劇は「いのち」そのものであり、私はいつも新鮮な刺激を受けて帰ってくる。

大学時代のゼミの話しはこれくらいにして、私の経歴に戻ると、大学卒業後は毎日新聞社を経て、フリーランスのライターとなり、単行本などを含む多種多様な文章をてがける。フリーランス時代に、ある大手出版社の下請け出版社で定期的に仕事をもらっていたが、そこで編集長をしていたK氏には今でも心から感謝している。彼は、私が必死で書いた原稿を実に無情にもボツにし、私に徹夜の書き直しを命じた。それもたびたびであった。私には彼の柔和な顔が鬼のように思われたものだ。でもこういうことがあったからこそ、私は仕事のタフさを身につけたし、何よりも書くことが好きになったのだと思う。K氏は気がついていないと思うが、私は彼に一方的に感謝している。世の中には、こういう感謝のし方もあると思う。

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1986年、必要あって、ロンドンのCanning Schoolに留学、本場仕込みのビジネス英語を学ぶ。意外な発見は、本場の先生に英語の語法などで疑問に思っていることをぶつけてもほとんど解決しないということであった。それ以後、英語で語学的な問題にぶつかったときは、定評のある英米の書物に頼るようにしている。

現在は翻訳家・著述家・予備校講師。難関大受験・医学部受験の英語指導、自由英作文の指導に関しては、豊富な知識と経験をもつ。趣味はゴスペル音楽の鑑賞と研究。最近は、故あって、大型のアンティークのオルゴールを生で聴いているが、その音色の素晴らしさ、癒しの力に目覚め、人間の美しさを求めてやまない精神とそれを生み出す職人の技に驚いている。